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June 22, 2018

万引き家族

パロムドール受賞の要因は、役者の演技力もさることながら、欧州人にも通じるこの作品のテーマ性が重要だったのではないかと思った。これはもはや先進諸国では当たり前の感覚なのだろうか。社会から切り離された「個」と「絆」の再生の物語。祥太の踏み出した一歩に希望を見出しつつも、この映画を観終わった後、‘何も変わらない’というえもいわれぬ無力感と寂しさが襲ってくる。(ネタバレ)

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事前のちょっとした情報だけでも、この家族の成り立ちは推測できる。なので終盤の展開に驚きはなく、むしろ彼らの背景と動機に関心が向いていく。治(リリー・フランキー)と信代(安藤サクラ)がなぜ初枝(樹木希林)の家に転がり込んだかはわからなかったが、社会の網からこぼれ落ちた人間たちが、生きるために肩を寄せ合い緩く繋がりながら、単なる利害を超えた関係へとなっていく姿を描いている。そして、この作品の機微はディテールに込められており(たとえば、なぜ信代がゆりを家に連れ帰ったか、その背景を理解することでその時の彼女の行動や表情や演技が腹に落ちてくる。これに類することがそこここに散りばめられている)、その心情を表現する演者の演技力こそが最大の見どころといっていい(終盤尋問を受ける安藤サクラの熱演に引き込まれずにはいられない。本作の安藤サクラは掛け値なし!)。リリー・フランキー演じる治の落伍者っぷりといい、安藤サクラ演じる人生を男で間違った幸薄女といい、どこにでもいそうな底辺層を圧倒的なリアリティで演じている。アンカーとなる樹木希林の存在感は言うに及ばず、2人の子役の自然な演技にも心を打たれる(祥太の盗みは悪いことだということに気づき始める心情の変化も実に良い)。
 
‘シェルター’である柴田家だったが、初枝の死によって微妙なバランスが崩れはじめ、祥太(城桧吏)のしくじりによって‘家族’の崩壊は決定的なモノになった。祥太に芽生えた良心は、底辺を脱出する一つの光明に違いない。信代が祥太に本当の両親を探す手がかりを授けたのも、彼に本当の居場所を見つけてほしいという信代の願いだった。しかし、その救いの傍らで、再び自宅の前でひとりで遊んでいるゆり(佐々木みゆ)がいる。このコントラストにどうしようもないやるせなさを感じてしまう。決して切ることができない血のつながりと、疑似とはいえ緩やかで優しい絆とを対比させ、人が生きていく上で大切な人との関係のあり方を訴えている。それは決して社会システムによって救われることがない(先日の目黒の女児虐待死事件などはその典型)。だからこそ、こういった文化的なモノによって直接的にかつ心情に訴えかけていく以外方法がないのだ。その意味で、本作品のパルムドールの受賞というのは価値があるのだと思う。

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