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May 25, 2018

仮面ライダーアマゾンズ THE MOVIE 最後ノ審判

バタバタしていて映画館から脚が遠ざかっていたが、久しぶりに見るのが『アマゾンズ』っていうのもオイラらしい。まぁ、たまたまやってた中でチョイスできたのがこれだったというだけなのだが。TVシリーズはMX(オリジナルはアマゾンプライムビデオだったらしい)で昨年一昨年ぐらいで放映していて、ストーリーもうろ覚えなのだが、平成ライダーシリーズのインフレ感、ごちゃごちゃ感にうんざりしている身としては、このシリーズのオメガ、アルファの二項対立がわかりやすく、かつダークな雰囲気がオリジナルの持つ世界観に通底していて好みの作品だった(仮面ライダーという概念やセリフが一切出てこないのも徹底している)。そのTVシリーズの決着をつけるのがこの映画版というわけだ。(ネタバレ)
 

Amazonz

作りのちゃちさや、シナリオや演出の拙さは置いておいて、アマゾンズの設定である食人衝動を逆手に取った、アマゾンズ畜産計画には恐れ入った。この突拍子の無い発想は、人間とは何かという洞察に一つの切り口を与えることに一応成功している。構図としては‘いるか問題’に似ている。知能を持った生物を食べる人間の残酷さを糾弾する‘いるか問題’は、そのイルカの賢さやかわいらしさを背景にすることで、人間の非道な部分、傲慢さを照らしている。アマゾンズもそれと同じ構図ではあるし、人間と容姿が同じというところで人が人を食べるという衝撃を与えることができる。よりその残虐性は際立つ。はずなのだが、今一真に迫ってこなかった。それは、やはりここに出てくるアマゾンズの子供たちに感情移入させる何かしらのドラマ性(アマゾンズも‘人間’なんだというところ、あるいは異種族への共感性の根っこづくり)が不足していたからなんだろうと思う。所詮鷹山仁の細胞から生み出されたクローンアマゾンでしかないという冷めた目。あの子たちを可哀想と思えれば、この作品はしっくりくるだろう。
 
言い換えると、多様化を許容し共生する世界を目指そうというのが本作のメッセージのコアだ。それは水澤悠(藤田富)の行動信条に体現されている。しかし、なかなかアマゾンズへの感情移入も難しい。特に本作の‘家畜アマゾン’は食用のために人工的に作られたものであり、人間の形をしてはいるものの、その本質は肉塊であり異形のものでしかない。人間と置き換えるにはいかにも無理があった。(この手のテーマでは例えば‘バンパイア’との共生なんかもよくある作品だったりする)とはいえ、単なる特撮ヒーローものから一歩踏み出そうとする姿勢は評価すべきだし、かつての仮面ライダーのシリアス映画版の中でも出来は良いと思う。
 
血(のようなもの)はドバドバ出るし、銃弾はバカバカばらまくしで、日曜朝ではできないことが繰り広げられていて気分がいい。主演の富田君や谷口君も決してイケメンというわけではないし、出演者もほぼ二線級で演技的な見どころもない(下手ではないよ)。逆説的に、それこそがこの『アマゾンズ』のマイナー感を増幅していて、独自の世界観を生み出している。このダークでマイナーな「仮面ライダー」こそオリジナルの系譜を継ぐにふさわしいのだ。

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