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May 17, 2017

映画版3月のライオン(前後編)

本来なら前編鑑賞後に書きたかったのだけれど、上手く書けずにいたら後編が始まってしまい、結局前後編通じての感想となった。前編は零が新人王を獲得するまで。後編は川本家の父親問題が解決し、獅子王戦で零が勝ち進み宗谷と対戦を迎える、原作にはないエンディングまでを描いている。漫画原作の映画としては、これまで見てきたどの作品よりも完成度が高く、実写化する意義が高く、成功した作品だと思う。
 

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この映画を通じて、逆説的に原作コミックスはやはり漫画であり、2次元表現手法の限界を示していると感じる。生きた人間が演じることによって、作品に命が吹き込まれキャラクターが動き出すのだ。その連続性と緊張感は、漫画にはなかなか生み出すことができない。当然それは、優れた役者と演出があればこそであり、なんでもかんでも実写にすればいいというものではないのだが。
 
前提として、『寄生獣』でもそうだったが、短く収めるために原作ストーリーをソリッドにそぎ落としたシナリオの出来が素晴らしい。前後編通じて高橋君は出てこない。それでも、零がかなちゃんに惹かれていく筋は通っており、さらには彼が暴走したことが川本家との関係を危うくするといった新しい解釈まで加えられていて(常識的に考えれば映画の話の持っていきかたの方が腑に落ちる)、原作よりもより現実感に溢れているのだ。
 
そのストーリーを回す役者陣がまた秀逸。キャスティングで8割がた成功していると言ってもいい。桐山零演じる神木隆之介は、一種の怪優の部類に入っていくのだろう。高校生(ついでに中学生も)を難なく演じる20代は空恐ろしい。漫画からそのまま抜け出してきたかのような桐山零は、それでも神木流に解釈が加えられ、特に零の感情の起伏が彼の演技によって倍加されている。前編の叫ぶシーンはこの作品のハイライトだろう。作者が頭の形をイメージして作画したとゲロした島田開役の佐々木蔵ノ介。島田の胃痛がスクリーンから伝わってくる。神木にしても佐々木にしても、将棋盤に向き合い戦っている時の表情、仕草、わずかな目の動きによって、棋士の心情や苦悩を的確に表現しており、改めてこの作品がプロ棋士の話であり、将棋がかくも激しく厳しい競技であるかを教えてくれる(漫画にあるお気楽さは微塵もない)。零のライバルを自称する二階堂晴信には染谷将太が特殊メイクで熱演している。漫画よりもさらに暑苦しいキャラになっており、これはこれでありだと思わせる(監督は彼に‘目’の演技に期待して起用したそうだ)。宗谷名人には加瀬亮。飄々とした感じがこれまたはまっている。川本3姉妹は出過ぎずいいバランス。ダメおやじに伊勢谷友介を持ってくるのは贅沢すぎるか。零を見守る幸田柾近に豊悦。映画では何気に幸田パパがかっこいい役どころになっている。幸田香子には有村架純。もうちょっとトゲのある女優の方がいいかなとも思うが、毒女になり切れないところに、香子本来のいい子さが見え隠れして良かったのかもしれない。とにかく、キャスティングにおいて原作のキャラを本当にうまく現実化できているのだ。
 
前編は新人戦を軸とした将棋の世界を中心に、後編は川本家の騒動を通じて、親子、家族をテーマに零のさらなる成長を描いている。原作にあるホームコメディ的な臭いは一切排除している。多少昭和の香りを振りかけつつ(BGMの使い方なんぞはそれ風)、将棋を巡る人間ドラマに絞った演出が、この作品を大人のものに仕上げている。漫画原作でもやり方によっていくらでも成功できる見本のような作品である。

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