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June 14, 2015

チャッピー

士郎正宗ワールドの亜流。主人公のAIロボット`チャッピー’のデザインは、『アップルシード』のブリアレオスのそれであるし、人間の意識を電脳にインストールする発想は『攻殻機動隊』の世界そのものである。ゆえに設定やストーリーはコミックスと変わりなく、感覚的には馴染みがいい。ただ、どこまでいっても亜流は亜流であり、オリジナルを超えることがない(オリジナル自体がやりっ放しだから原作者自身も越えられていないのが最大の問題なのだが…)。(ネタバレ)

Chappie人間の魂とはいったい何なのか。ただの0と1で表されるものなのだろうか。この哲学的なテーマを前に、ここで描かれるドラマはあまりに軽い。ゆえにその視点で見てはいけないということなのだ。あくまでこれはギャングファミリーの愛情物語であり、機械では割り切れないものが人間には存在しているという当たり前のことを改めて感じればいいのである。ラストは単なる皮肉ぐらいに受け止めればいい。そんな深刻な話じゃない。

主人公AIロボのチャッピーはシャトール・コプリーのモーションピクチャーを下敷きにしたフルCGだ。リアルの映像に全く違和感なくはまっているのが凄い。ギャングの入れ墨を真似た全身ペイントが何ともクールである。俳優陣では悪役ヴィンセントを演じたヒュー・ジャックマンだろう。ムキムキ筋肉のミリタリー馬鹿を好演している(開発者ディオンには『スラムドッグ・ミリオネア』のデヴ・パテル、テトラバール社重役にシガニー・ウィーバーと、何気にビッグネームを差し込んでいるところが豪気)。

よくよく考えてみると、この作品では人間とは魂とはといった哲学的なことよりも(SF的にも突っ込み処はごまんとあり、そこでも評価はできない)、生まれた環境により人の人生は左右され人格が形成されていくけれど、その人間が最終的にどう育とうと結局本人が「自由であること」(多様性の受容)が重要なのだ、というメッセージのほうが核にあるのだろう。それは黒い羊の絵本に象徴されるのだけれど(この部分はもっとうまく使ってほしかったと思う)、犯罪そのものを許容するものではないにせよ、ギャングとして生きる人生もありなんだということを思わせるパワーがこの映画にはある。ただ、いろいろな要素が入り組みすぎてしまって、どこも消化不良になってしまったのがちと残念である。

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