« ポポさん解任 | Main | 守りのW杯 »

June 14, 2014

マンデラ 自由への長い道

故ネルソン・マンデラ元南アフリカ大統領の伝記映画(自伝の映画化)。主演のイドリス・エルバは実物のマンデラ氏よりはスマートで二枚目だが、青年期から晩年までを一人で好演している。中でも、晩年の老け具合がとても良かった。晩年の全体的に丸くなった顔つき体つきなどは、結構ご本人の特徴を捉えていて、役者としての技量を感じさせる。

Mandela物語はマンデラ氏の一人称で紡がれており、状況説明的なものはほとんど排除されている(自伝なのだから当たり前といえば当たり前)。だから、彼の人生の時々に起こった事件・事象が、南アフリカのアパルトヘイト崩壊に対して歴史的にどのような意味を持ち位置づけられるのかは、なんとなく理解できるレベルだ。27年間も投獄されていた人間が、なぜその間もなお民衆に影響力を持ちえたのかは(妻のウィニーが闘争を継続していたとしても)、この作品からは明確に伝わってこない。だから、本当は南アフリカとアパルトヘイトのことを事前に勉強していった方が、よりいっそうこの作品を楽しむことができるはずだ。とはいえ、マンデラ氏の壮絶な人生はそれだけで真に迫るものがある。

ANC(アフリカ民族議会)で軍事組織を立ち上げ、その活動の結果逮捕され、本来ならば処刑されるところを終身刑になった幸運。孤島の刑務所に収容され、生涯外に出られない身分になってなお体制に抵抗しようとするガッツ。そして、長い時間をかけてでも正当な手続きで欲しいものを手に入れる粘り強さ。抑圧された黒人同胞の自由を目指して武力を行使した彼が、収監されることで改めて非暴力による問題解決を目指すようになった心理変化こそが、彼の人生の真のハイライトであり、またこの映画のクライマックスでもある。長い時間をかけて勝ち取った長ズボンの先に黒人の自由が続いていると彼は確信したことだろう。たとえ自分自身が先導できなかったとしても。

もしかしたら、彼は一生刑務所暮らしで終わっていたかもしれない。彼を救ったという意味で、闘争=実力行使を続けていた妻のウィニーの存在は大きかった。最終的に彼女とは袂を分かつことになったけれど、彼女がいなければマンデラ氏は再び陽の目を見ることはなかったのではないかと思うと、非暴力の脆弱さを嘆かずにはいられない。晩年の描写は徐々に俯瞰的(ドキュメンタリータッチ)になっていく。そしてその中で、「私は彼らを赦す」という一言に、マンデラ氏の人生が収斂されていく。映画を通じて彼の人生をともに歩んできた鑑賞者は、この言葉の力強さ、重みを思い知るのだ。南アフリカの開放は彼一人の手によって成し遂げられたわけではない。多くの血が流された事実もある。それでもなお、彼は民族融和の象徴なのだ。鑑賞後、彼の生き様、信条について考えさせられずにはいられない。

|

« ポポさん解任 | Main | 守りのW杯 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/77466/59792279

Listed below are links to weblogs that reference マンデラ 自由への長い道:

« ポポさん解任 | Main | 守りのW杯 »