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September 19, 2013

有頂天家族

Photo有頂天家族/森見登美彦
幻冬舎文庫 ISBN978-4-344-41526-3

京都に棲む、とある狸一家の物語。原作小説への入り口は実はアニメ。カバーはアニメと連動してクロスメディア展開中。久米田康治原案のキャラクターデザインと、実写をなぞったような京都の街並みが妙に懐かしげな世界観を生み出していて、そこで展開される狸模様がこれまた可笑しいのだ。原作に遡ってみると、アニメ化が成功していることに改めて気づかされる。週一アニメの進行に我慢できなくなって、ついに買って一気に読みきってしまった。(ネタバレ)

物語は主‘狸’公である下鴨矢三郎の視点から描かれている。いろいろなエピソードを通じて紹介される登場人物(大半は狸と天狗だが)の性格や特技が、物語の後半に伏線のように回収・収斂されていく物語の構築力には感嘆せざるを得ない。一切無駄がないし無理がない。それぞれのキャラクターは、敵役も含めて一癖もふた癖もあり魅力的である。矢三郎の語り口はちょっと時代がかったところがあり、古都京都という舞台とあいまって、ファンタジーとしての空気感を醸し出すことに大いに成功している。

ストーリーは、狸界を取りまとめる「偽右衛門」に立候補した下鴨家の長兄矢一郎と彼らの叔父にあたる夷川早雲を巡る両家の確執を縦軸に、矢三郎と彼の師である天狗・赤玉先生とその教え子たる弁天との微妙な関係を横軸に、新しい偽右衛門を決める長老会議へと進んでいく。新偽右衛門の行方の背景には、前々偽右衛門であった下鴨総一郎―矢三郎たちの父である大狸が、なぜ金曜倶楽部と呼ばれる人間の集まりの忘年会で狸鍋として喰われてしまったのかという謎が横たわっており、終盤偽右衛門選挙と金曜倶楽部の忘年会が絡み合って一大騒動に発展していくのである。

ここでネタバレしてしまうと、総一郎が鍋になってしまったのは、彼の実の弟である夷川早雲の罠にまんまと嵌められたからであった。下鴨家と夷川家は昔から仲が悪かった。早雲はそんな両家の関係を改善するために夷川家に婿入りしたのだが、逆に前にも増して下鴨家との対立を激化させてしまう。総一郎はそのことを気に止み、自分の子供たちには兄弟同士憎しみ合うようなことになって欲しくないという思いを強く残したのだ。この物語の全編には家族愛と兄弟愛が満ち満ちている。普段はばらばらで好き勝手にやっていても、いざというときは力を合わせて助け合う下鴨一家の姿。嫌味な敵役として登場する夷川の金閣銀閣兄弟のことを、いやそれよりなにより叔父を狸鍋に落とした張本人が自分の父であることを知りながら、真実を矢三郎たちに告げることもできず、肉親である以上父親を憎みきれない夷川の末の娘・海星の優しさと苦悩とか。家族の絆の強さ、重さというものを改めて考えさせられる。その意味で、赤玉先生や弁天は家族というコミュニティの対極に位置するものとして描かれている。特に弁天様がいつも悲しがっているのは、何でもできる天狗の力を手に入れながら、どうやったって手に入れることができないものがあることを知っているからなのだ。弁天様がはかなければはかないほど、狸一家は輝きを増していく。赤玉先生にいたってはただのわがまま老人。ただ、それでも支えてくれる矢三郎のような存在が救いでもあるし、全てを超越したところに悟りは開く、その象徴でもあるのだ。

なぜ、登場するのが人間の家族ではないのか。狸の姿を通すことで、人の世を皮肉っているのだ。狸は阿呆でもある。阿呆だから、人に捕まって鍋にされもする。山に化けたり、叡山電車に化けたりもする。ここで描かれている狸社会にも、いろいろぎすぎすしたところはあるにせよ、結局「面白きことはよきことなり」という下鴨総一郎の最後の言葉が言い表すように、人間も人生どれだけ楽しく生きていけるかが肝要なのだということなのだろう。たまには阿呆になれ、と。

作中、大文字焼きを空中に浮く納涼船から見物する話や、次兄が叡山電車に化けて街中を引っ掻き回しながら疾走する話や、なにかと物をぶっ壊すシーンが出てくる。読みながらイメージするにも、実際アニメのシーンも相当滑稽なのだけれど、「壊すことの痛快さ」はこの作品の‘毒’の部分かもしれない。狸が鍋になるというのも、見方によってはかなりブラックだ。壊すこと、壊れるものに対して、壊れないもの、確固たるものを際立たせる意味もあるかもしれない。

それにしても、金曜倶楽部の忘年会の狸鍋の具に誰がなるのかというのが終盤最大の興味であり、流れからすると、金閣銀閣が好む四字熟語で言うところの「因果応報」のごとく、早雲が鍋に落ちてお互い様ということになるのかなと思いきや、赤玉先生が全部吹き飛ばしてしまうという荒業で全てチャラにしてしまったエンディングにはしばらく唖然としてしまった。が、結局これによって誰も傷つかずに済んだのだ。めちゃくちゃな終わらせ方だが、やられたと思うと同時に清濁併せ呑んだ上での多幸感が読了後俄然溢れてくる。面白きことは良きことなり、である。

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