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November 01, 2011

ふしぎなキリスト教

Photoふしぎなキリスト教/橋爪大三郎×大澤真幸
講談社現代新書 ISBN 978-4-06-288100-5

どうも、いろいろと物議をかもし出している書籍らしい。キリスト教信者からは、記述の中に嘘が含まれていると指摘されているし、池田せんせなんかは〝でたらめな本〟とけんもほろろだ。本書は、一応キリスト教に造詣が深いらしい社会学者同士の対談で進められているが、学者だからといって何でも知っているわけではないということなのだろう。ただ、社会学的に宗教を見ると、こんな風に解釈もできる、ぐらいに思っておけばいいのではないか。嘘はまずいが、解釈はそれぞれの立場によっても異なるのだから、それは部分的にでも尊重されていいはずだ。

まぁ、信者にとってはいちいち癇に障るような表現がちらほら見受けられて、それだけでも不評を買う原因となっているようだが、キリスト教なんてまったく縁のない人にとって見れば、そのような比喩を用いたほうがわかりやすい場合もある。キリスト教が抱える自己矛盾のポイントをつまびらかにしてくれているだけでもありがたい。とにかく、キリスト教は、なぜ?が多い宗教だし、何でこんなものを西洋人は信じているのかということがよくわからない。ただ、本書はその肝心なところまではたどり着いていないと思う(だから「ふしぎなキリスト教」なのだ)。

本書の、西洋化を理解するためにはキリスト教を理解することは不可避、という目的に対して、少なくとも、西洋の個人主義の基礎が、やはりキリスト教によって形成されたものであるということは良くわかった。神の救済は個人にされるものであり、神との契約はあくまで個人がするものだ。ただ、救済に関しては本書の説明ではよくわからないところがあり、解説書としてみるとかなり不完全だと思う。その人に対する神の評価はすでに決定されており、普段の行いがいくらよくても、あるいは罪を悔い改めて行いを正そうが、基本的に評価が覆ることはない、という。ならば、なぜそれでも神に対して祈りをささげるかの理屈がよくわからない。祈ったところで救われないかもしれないなら、なぜ祈るのか。西洋人の精神構造を理解するには重要なポイントだと思うのだが、すっきりした解説がなかったのには不満が残る。

日本における西洋化の歪が、人口および経済収縮のフェーズに入って顕著になってきている。その原因は、おそらく西洋科学技術文明に含まれている精神的なもの(≒キリスト教由来の精神)が、日本人のそれと反発し始めているのではないかという点にある思う。日本における西洋化はそもそも借り物だ。キリスト教も天皇制の前にして日本を席巻するまでには浸透しなかった。西洋文明が自壊するのとはわけが違う。妄信的表層的に取り入れてきたものを、ここで一度見直すことは、これから先の日本のあり方を探る上で重要な作業のように思う。その意味で、多少〝とんでも〟的なものであっても、多角的な検討を加えるために、こんな本があってもいいのではないだろうかと思うのだ。

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