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September 04, 2011

日本人の誇り

Photo 日本人の誇り/藤原正彦
文春新書 ISBN978-4-16-660804

国内は東日本大震災からの復興と福島第一原発の後始末に追われ、顕在化している数多の国家的課題は一向に解決されないまま等閑になっている。特に外交面では、中国は相変わらず尖閣にちょっかいを出し続けているし、韓国も竹島に居座っているし、ロシアは堂々と、しかも北朝鮮の労働者まで投入して北方四島での開発を加速化させているし、アメリカとは基地問題がぶら下がったままだ。この先、内需の縮小に伴い、日本経済はパラダイムシフトせざるを得なくなっていく。そのとき、特に中・米との関係をどう保っていくのかは、日本にとっての大命題であり死活にも関わってくる。しかし、本当に国益を考えた対応が出来ているかといえば、全くの駄目駄目。弱腰もいいところだ。日本が両国に対して強く出れない現状が、一体どのようにして生み出されてきたのか、その経緯を明治時代に遡って検証する。

アメリカおよび欧州列強の脅威に晒された日本が、植民地化を逃れ、さらには白人諸国の帝国主義に乗り、汎アジア主義の下、大陸や東南アジアに進出して行った、明治から昭和初期にかけての一連の流れが、コンパクトにまとめて解説されている。そのなかで、客観的資料に基づいて、南京事件など日本にとっての戦争の脛傷が事実であったかの検証をしている。さらに、これらの作業を経て、最終的に東京裁判が戦勝国によって演じられた茶番劇であることを糾弾しつつ、東京裁判で形作られた戦争史観が戦後の日本人の精神に大きな傷を残したと断じている。そのトラウマを取り除かない限り、日本の弱腰は治らないし、自立国家としてアメリカの庇護から脱することは出来ないとも言う。いや、全くその通り。読後、そうだよなぁという感想しか出てこない。そして、現実を振り返れば、全く正反対に近いようなことを言ってやっている政府がいるのだ。実に情けなく悲しくなってくる。

確かに経済のことを考えれば簡単な話ではなくなるというのは理解しつつも、本書のタイトルのまま、日本人としての誇りを持ってこの難局に立ち向かう気概が必要なのだということを強く感じる。太平洋戦争や日中戦争に突入していったのは、後先考えずに相手の挑発にまんまと乗ってしまった政治的・外交的未熟さが一因であったわけだけれど、強い意思表示(たとえば国際連盟脱退のような)に伴う責任に対する恐れからか、なるべく曖昧にしていこうとする現在の日本の外交スタイルは実にもどかしく映る。sengoku39のような事件も起きるわけだ。はっきり嫌だと言ったら何をされるかわからないという思いがあるのだろうか。もしそうなら、それこそ外交不在だろう。のらりくらりで交わすことで国益が最大化されるのであればいいのだが、実はそこまで考えてなかったなんてことを言いかねないのが今の指導層だ。彼国々にいいようにやられるばかりでは、国民のフラストレーションは溜まる一方だ。名を捨て実をとるのでもいい。中国にでかい顔をさせておくのも別にいい。ただ、最後の線を踏み越えたときに毅然とした態度と行動が取れるかどうか。そこが問題なのだ。

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