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February 14, 2011

アイの物語

Photo アイの物語/山本 弘
角川文庫 ISBN978-4-04-460116-4

人工知能を搭載したアンドロイドを題材に、人間とは何かに鋭く迫った作品。タイトルにある『アイ』とは、主人公的アンドロイドである‘アイビス’の‘アイ’であり、AIの‘アイ’であり、‘愛’であり、そして重要な意味を持つ虚数iの‘アイ’でもある。物語の舞台は21世紀後半ではあるものの、そこでアイビスによって語られる挿話は現代の延長線上、ちょっと先の未来を舞台にしており、その意味で、妙なシズル感に溢れている。個人的に、自立的AIがさまざまなSFで語られるような個性、キャラクターを持ち、人間に対して反抗することなど現実的にはあり得ないと思いつつも、これまでのロボット三原則の矛盾点や、AIが仮に独自進化を始めたときに起こりうるであろう人間とのさまざまな軋轢などには、もしかしたらあるかも、といちいち感心させられる。

しかし、人類の限界を諭し、人類に代わってその夢を成し遂げようと宇宙に旅立っていくアイビスをただ指をくわえ黙って見送るしかないエンディングは、物語のスケールの大きさに反比例して気持ちが萎えていくように感じた。

この作品は、すでに発表された短編5作に書き下ろし短編2編を加えたものを、アンドロイドが支配する未来世界と言うプラットフォームに上手に乗せることで成り立っている。それぞれの短編をアイビスに語らせているのだが、数年にわたって発表された作品が1本にまとまるというところにちょっとした驚きがある。それぞれの話のテーマがパーツになっており、全体の枠からはみ出すことがない。ということは、著者自身がある一つのテーマ性を持って作品づくりにまい進してきたということでもあるのだろう。それは言ってみれば人間に対する愛情だろう。バーチャル空間やロボットやAIの視点を使いながら、人(人類)への作者の愛情が物語られている。その意味で、本作は著者の集大成的作品とも言えるのではないだろうか。全体的に文体、内容とも優しい。読みやすいという意味でも、心に対する感じ方という意味でも、である。

本作の挿話の中で一番核となるのは書き下ろしである第6話の「詩音が来た日」だと思う。介護施設に介護ロボットとして開発され、試験導入された「詩音」というロボットの物語。さまざまな経験を得て人間らしくなっていくのだが、その過程で人間の命令を無視することがありうることや、それが人間が間違っているという判断に基づくことであるとか、結構理詰めで考えればそう結論付けられそうなロボット論が展開される。これが、従来のロボットものとは一線を画す部分であり、もっとも興味をそそられる部分だ。そして、第7話のアイビスの挿話(これも書き下ろし。アイビスの誕生秘話)で展開される、人間とAIロボットは違う‘生き物’であり(その違いを虚数iによって表現しようとしている)、それは人間が他の動物を違う生き物として認識するのと同じような感覚である、という話につながっていく。人間がアリのことがわからないように、AIのこともわからないのだと。これまでのAI物は、AIとは人間の劣化コピーのようなものとして描かれてきたように思う(力は強いが人間性はどこか欠如している、たとえばアトムやキカイダーなどは典型だろう)。しかし、本作におけるAIは、独自進化の結果、人間とは異なる、ある意味で人間を凌駕する存在に上り詰めるのだ。そして、その高みから人間を「見下ろす」ことで、人間性の本質を再確認しようとしている。主人公は世界の真実を人間たちに物語るために旅立つのだが、これはハッピーエンドではない。人類の限界を示す、逆説的なSFとでも呼ぼうか。ちょっと悲しい物語である。

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