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January 19, 2011

変わる家族と介護

Photo 変わる家族と介護/春日キスヨ
講談社現代新書 ISBN978-4-06-288082-4

元気な年寄りは増えた。平均寿命も世界一(延命治療するから長いという話もある)。でも、人は誰でも長かろうが短かろうが最後は誰かの世話にならなければならない。ポックリ往きたいと言っているお年寄りの話もよく聞く。かくいう自分の親もその類いだ。子供の世話になりたくない、家族に世話をかけたくない、そう思うのが現代日本の終末の心理だ。いつからこんな寂しい世の中になってしまったのやら。

伝統的な家父長制度を破壊したのは団塊世代。そこから家族の断裂が始まったと言っていい。「家」の概念は消失し、嫁が嫁ぎ先の親の面倒をみるという‘慣習’も無くなりつつある(意識の面でも実態の面でも)。だから、同居していても、実親の世話をするのは配偶者以外であれば1親等者だ。ひどいのになると、同居していても全くコミュニケーションがなく、単身世帯と同じような暮らしをしている人もいるという(近居の娘が面倒を見に通っているケースとか、じゃ何のために長男は同居しているんだ?)。何とも荒んだ話である。

子供がニートでそのまま高齢化してしまった世帯はさらに悲惨。親の甘さがすべてだとは思うが、親はいずれ死んでしまうことを何とも思わない子供も子供。そんな家族が確実に増えているという。また、子供(特に無職の女性)が介護し終わって単身に戻った時、経済力がほとんどない状態に放り出されるケースもあるという。最近の親の死亡を隠して年金を受け取り続ける犯罪は、この辺が温床になっているのかもしれない。

このような介護家族をめぐる生活困窮の問題は、介護保険制度が導入され、ある程度資産を持っている人たちが介護サービスを使うようになって、そこがカバーしきれない負の部分として顕在化してきたのだという。本当にどうしようもない切羽詰まった介護世帯は今後さらに増えていくだろう。簡単には切り捨てられない問題だ。かといって、無制限に公的支援を入れるわけにもいかない。重要なのは、社会的弱者を自立させていく仕組みや法的環境を早急に整備することではないだろうか。

数年後には確実に自分の身にも降りかかってくる難題だけに、改めて考えさせられた1冊である。

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