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December 23, 2010

私的総括

今季の感想というか愚痴というか、長くなったので畳みます。

勝ちきれなかったホーム

今年のホームは2勝5敗10分。この10分のうち1/3でも勝ちに結びついていれば(勝ち点で+6)こんなことにはならなかったわけで。特に勝ちきれなかったゲームが多かったという個人的印象をまず検証したい。

ホーム10分中、スコアレスドローが2試合、先制して追いつかれたのが5試合もある。逆に追いついた(負けなくて良かった)のは3試合だった。ホームゲームの約1/3が勝っていたのに引き分けたのだ(確かスコアレスの2試合も優勢<のように見えただけかも>だったので、それを含めれば7試合になる)。そりゃフラストレーションもたまるはずだ。また、‘印象’という面で、残り10分で点が動いたゲームを見てみると、ホーム・アウェー全部で9試合あり、勝ったのは開幕の横浜戦だけで、勝ち越された、あるいは逆転を喰らったのが3試合(ホーム名古屋戦・田中さんのヘッド、アウェー仙台戦・真吾の恩返し、ホームクラシコ・ジュニのカウンター)、引分けが5試合あった。引分けのなかで、追いつかれたゲーム3試合はすべてホーム。追いついたのはアウェーで2試合。逆転負け、追いつかれた引分けをあわせるとホームでこれまた5試合となる。ホームゲームの約1/3がゲーム終了間際で悔しい思いをさせられていたのだ。もったいないというか我慢が足りないというか。2010年を漢字一言で表すならば『漏』かも。零す(こぼす)というより漏らすという感じ。とどのつまり、今シーズンの敗因は終盤の守備力、ゲームのクロージングの失敗にある、ということになる。

がしかし、ところが、である。クロージングに失敗した、ある意味ドラマチックなゲームの多くは、何と意外や意外、熊さんになってからなのだ。印象が強いのはそのためでもあるのか。ということは、JFK時代は淡々と負けと引分けを繰り返していたということになる。

先制点がすべて

先制したゲームの勝率は.571。先制されると全く勝てなかった(何とひ弱な)!JFKと熊さんで先制したゲーム数は同じ7。ただ消化したゲーム数からすると、JFKは先制率.304、熊さんは.636と倍以上の開きがある。とにかく先制しないと勝てなかった2010年。つまり逆境に弱いチームともいえる。プレーヤーの精神的な強さと逆境におかれたときの経験値の不足、具体的にゲームをひっくり返すだけの戦略と手駒がなかった、ということだ。ムラバのエリート発言への反感は、実は既にシーズン中、ゲーム中に培われていたものではなかっただろうか。

ポゼッションサッカーの罠

ボール支配率が高いから勝てるというわけではないというのは、サッカーをちょっとかじっている人であれば誰しも知っていること。人もボールも動く流動的なサッカーは魅力的ではあるが、ゴールまでのプロセスが複雑になるためリスクも当然大きくなる。また、現代サッカーはスペースと時間の制約を激しく受けており、時間がかかればかかるほど、プレーは困難になる。ゆえに、ポゼッションサッカーは緩急とスペースが肝になる。全体的にスペースを作り出す動き、2列目、3列目から前を追い越していく動き、いわゆる3人目の動きが少なかったような印象がある。DFを崩すために細かな運動を繰り返すうちに燃料切れを起し、カウンターを喰らうのが失点パターンだった。あとはリトリートされ、攻めあぐねて加点されるパターンの繰り返し。結局決定力の問題が大きかったわけだ。これは、実際ポストカボレを調達しなかったフロントの失策といえる。2009年石川があれだけゴールを量産できたのは、本人の調子もさることながら、カボレの存在があったからだ。

個に頼らない、組織での崩しを志向するサッカー。ボール保持している時間が多ければ、それだけ攻めている印象を与えるのだと思う。だから惜しかった、という思いに繋がるのだが、実際本当に相手ゴールを脅かしたシーンは少なかった。強いという錯覚は、こんなところでも醸成されていたのではないかと思う。いいサッカーと面白いサッカーと強いサッカーは必ずしも一致しないのである。

魔の第16節

JFKの迷走が始まったのはアウェーの新潟戦からだった。W杯後、長友が抜け、大黒が加入して、スタメンが中断前と大幅に変更(6人変わっている)になった。再開後1勝2分でいけるんじゃないのと思われたが、16節の新潟戦で再びスタメンを大きくいじっている(4人入れ替え)。過密日程でコンディション不良の選手を入れ替えたわけだが、エントリーを再読すると梶山不在が大きなポイントだったことが指摘されていた。森重・高橋の急増ボランチが狙われたと。次節梶山は復帰しているが、そこからは、前節のスタメンから5人、2人、3人、2人、2人、4人、4人と猫の目のように入れ替わっている。この猫の目スタメンは、点を取るための苦悩の現れであった。新潟戦以降退任までの8試合で得点はたったの4点。夏場に入り運動量を必要とされるサッカーをやっているという理由もあるだろう。怪我人も入れ替わり立ち代り発生していた。しかし、それらを割り引いたとしても、点を取るために自ら仕掛けてバランスを崩し、失点を重ねる悪循環に陥っていったのは、とりもなおさずJFKの現場力の弱さに起因している。決定的な個がいなかったからこそ組織的なムービングサッカーの強化を目指したはずなのに、最後は自ら組織を崩壊させてしまった。

宗教的JFKサッカー

JFKの目指すサッカービジョンに共感して昨季のメンバーは集まった。今ちゃんの残留も、米の加入も、みんなJFKのサッカーをしたかったからだ。みんなが信じて練習しゲームで実践した。しかし、結果は出なかった。いつまでたっても出なかった。そして、クラブは痺れを切らして更迭してしまった。そもそも、JFKの描くサッカーは実現可能なものだったのだろうか。それが実現できれば常勝チームは完成したのだろうか。少なくとも、保有する選手たちでは表現できなかったことだけははっきりしている。

米本が最初からいなかった。また、梶山も怪我がちでシーズン通してベストな状態ではなかった。チームの軸であるボランチ2枚が万全ではなかったことは誤算だったろうが、では2人が万全だったらできたのか?それこそ特定のタレントに依存したサッカーではないか。しかし、実際は残った選手で乗り切ることはできなかった。JFKが選手のポテンシャルを見誤ったとしか言いようがない。ポリバレントな選手達ゆえの不幸とでも言うのだろうか。器用貧乏とはこのことだ。松下のSBや森重のボランチなどは思い違いの典型だった。

JFKのチーム作りの真髄は今もってよくわからない。選手の自主性を重視した即興性なのか、一方でプレーには細かい注文がつけられていたというような話も聞いたことがある。スタメンを固定して戦った熊さんとは対極にある考え方のようにも思える。選手のポテンシャルを信じたJFKに、JFKのビジョンと方法論を信奉した選手たち。方向性は間違いなく、続けていればいつかは勝てるようになる、そう信じ込んで先鋭特化していく集団を止めるのは、結局外部からの力(解任)でしかなかった。でもね、今でもオイラはJFKサッカーの一部は信じているし完成形を見たいと思っている。またいつか、ピッチで彼の描くサッカーが見られる日を楽しみにしている。

ぬるい感覚

熊さんが復帰して‘サッカーの本質’を語りだしたとき、選手たちが枝葉にとらわれて肝心なことを忘れていたということに改めて気付かされた。JFKは方法論であり、本質的な部分を置き去りにしていた。それが監督として一番問題だったように思う。そこを選手に対して要求しなかった(できなかった?)こと。すべてにおいて厳しさが足りなかった。あまり選手個々についてネガティブなことは言いたくはないのだけれど、敢えてオイラ的戦犯を挙げておく。3、13、16の3名だ。16についてはなぜ指揮官が使うのかというところからなんだけれど、後の2名については攻守それぞれで見合った働きが出来なかった筆頭だと思う。ザックが気に入ったのが不思議でしょうがない。とにかく、チームの空気を締めるリーダーが必要だ。ピッチの上で、苦境に立たされたとき、チームを鼓舞し叱咤する存在。面子を見るとなかなか難しそうだが、闘将と呼ばれるような選手が必要だと思う。

能足りんクラブ

イベントは毎年同じものばかりで、しかも年々退化していっている印象。予算の問題ではない。対岸のクラブは嬉々として手を変え、品を変えやっている(ドールのバナナには笑ったが)。せっかくのフードコートも盛り上がりにかけるし、スタジアムに入ってからのアトラクティブなものも乏しいし、ゲーム前の時間をどう楽しく過ごし、かつ盛り上げていく演出が全く足りない。特に、初めて味スタに来た人、東京のゲームを見る人たちのためのインフォメーションとかがほとんどないし、本当にファン層を増やしていきたいと思っているのか疑いたくなる。スタジアムこそ最大のプロモーションの場だというのに。智慧が足りなさ過ぎる。社長の退任はすなわちその怠慢のつけということ。ファン拡大の特効薬は確かにチームの圧倒的強さにあるけれど、そこは水もの。ビジネスの本質、マーケティングの本質(価値を交換する双方が笑顔になること)を見失うと、すべて失うことになるよ。社長の交代が良いきっかけになればいいんだけどね。

来季に向けて

というわけで、熊さんがそのまま指揮を取ることになったのだけれど、ぶっちぎれるかどうかはわからない。前述のように、クロージングに問題があり、手詰まりになったときの打開策に乏しいという問題が解消されていない。言い方は悪いが戦術的にはわかりやすく(つまり相手にしてみれば読みやすい、対処しやすい)、勢いに任せるところがあるのがちょっと不安な部分。JFKが植えつけたものを上手く昇華してくれればいいのだけれど、終盤の戦い方を見ると、あまりそんな風にも見えないし。どうなることやらです。

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