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January 05, 2010

民主主義が一度もなかった国・日本

Minshushuginashi 民主主義が一度もなかった国・日本/宮台真司・福山哲郎 
幻冬舎新書 ISBN978-4-344-98152-2
民主党参議院議員、現外務副大臣である福山哲郎の呼びかけで、宮台さんとの対談が急遽実現。11月に行われたこの対談は出来立てほやほや。そして、これはまさしく宮台さんの『日本の難点』の応用編である。自民党政治体制下は国民がすべて政治家に任せてしまっていたために、厳密な意味での民主主義は無かったというタイトルが意味するところを出発点として、これからの民主党政治に対する期待感が語られている。

個人的に小沢は嫌いだし、鳩山も信用ならないが、自民という墓場行き確定の列車に乗りつづけるよりは、どこへ行くかはわからないけれど(もしかしたらやっぱり墓場かもしれないけれど)、乗り換えたほうがまだ希望は持てるというところだ。それは彼ら自身も自覚している。今回の政権交代で最も重要なことは、国民自身の決断でこの国が変わる、変えられると明確に認識されたことだ。初めて日本に民主主義が動き出したのが09年8月30日だというわけだ。心配なのは、甘言に絆されて選んでみたのはいいが、結局いいことがなかったみたいなことになったときだろう。マニフェスト実行には、それなりに痛みは伴うのだ。それを国民が‘理解した上で’我慢できるか、政府が我慢させることを納得させることができるか、ということが今先のポイントになってきそうである。任せっ切りの時代から少しでも前進した民主主義であればなおさらのこと。国民が選挙を懲罰的な意味で使うのであれば、民主政権がこのもたもたを何とかしないと夏の参院選はまた混乱しそうだ。しかし、民主を懲罰して果たして自民が新しいスタイルを示せるとも思えない。このまま先細っていくほかないのだろうか。

話題として興味深いのは、非核化というのは、軽武装―対米依存の現状から重武装―対米中立化の動きであり、その文脈で憲法改正なども議論されるべきという主張。これはわが意を得たり。福田氏の著作とも符合する。アメリカの核の傘にぶら下がって平和主義を謳う日本はやはり偽善的なのだ。日本の国際的自立のためにも、福山さんにはぜひ頑張っていただきたいものだ。これまで(岡田)を見ていると不安たっぷりなのだけれどね。

環境問題についても議論を交わしている。もはや気象学的あるいは道義的な次元(きれいごとの段階)は通りこして、すでに政治と経済の問題になっている。環境にまつわるところに様々なビジネスチャンスが眠っている。そして、これからは環境を道具として政治と経済が(そして世界は)動いて行くのだ。これは間違いない。どれだけ日本の環境技術で世界を牽引できるか。民間におっかぶせるのではなく、政府として何ができるかがこれまた重要になってくる。その舵取りが現政権に果たしてできるのだろうか、これまた不安。

あと、本書のいたるところに出てくるのは(基本的に宮台さんが話しているのだが)マスコミがいかに駄目かという指摘。瑣末な話で上げ足をとる思考停止に陥った大マスコミを徹底的にこきおろしている。問題の本質を見抜く力や、その先にある問題まで見越す力が今のマスコミにはない。本書を読んで、これまでのように新聞やテレビの報道を見ることができなくなるだろう。本当に伝えてくることが真実なのか。事実としても、それは報道が語る口調(ほめているのかけなしているのか)どおりに解釈してよいものだろうか。正直オイラは最近の報道はすべて話半分、斜めで見ているからね。

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