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December 06, 2009

戦略の不条理

Senryaku 戦略の不条理 なぜ合理的な行動は失敗するのか/菊澤研宗
光文社新書 ISBN978-4-334-03529-7

慶応の商学部の先生の書。軍事戦略論と経済戦略論の接点を模索する一冊。作戦としてはばっちりと思っていたものが上手くいかないのはなぜか、ということを歴史的に著名な戦争論や軍略をひも解きながら、そのエッセンスを解明していく。

カール・ライムント・ポパーの提唱する多元的世界観をベースにして、3層で構成される世界=物理的世界、心理的世界、知性的世界それぞれに対して対応策を施さなければ戦略は破綻するのだという。物理的な戦力=火力や兵員数が勝っていても、当の兵士たちに闘う気持ち(心理的)がなければ負けてしまうだろう。火力が充実して兵士の士気も高い状態であっても、相手がどうなっているかわからない状況(知性的)では必ず勝てるとは言い切れない。まぁ、至極当たり前のことが書かれている。物理、心理、知性それぞれの世界領域における戦術をその時々の状況に合わせながら統合的に立体的に組み立てること=キュービック・グランド・ストラテジーが重要だと説く。

現代のマーケティングに役立つことはあるだろうか。マーケティングをプランニングするときに陥りがちなのが、数字ですべてを判断し決定してしまうことではなかろうか。立てたプランを実行するのは現場の人たちだ。戦場でいえば前線の兵士。それがこちらの立てたプラン通りに動かないということはよくある。モチベーションや戦術に対する理解力などがこの場合かかわってくるが、そこまで末端細部まで計画することはあまりない。実行するのが人間である以上、人の行動を律するメカニズムを押さえることこそ戦略齟齬を起こさない最も大事な要素に思える。

本書の心理的世界の説明の中に「レファレンス・ポイント」というものが出てくる。行動経済学の中の一つの理論だが、絶対値で見れば等価もしくは上回っているのに、心理的にはより多くの損失を受けたように思えてしまうという判断をするポイントのことを指している(月収100万円の人が3万円アップしたのと、月収10万円の人が3万円アップしたのと、金額は同じでも印象はまったく異なる)。これは個々人によっても異なり、また、その損失の幅なども感覚的に異なるが、正比例の関係にはならない。価値関数曲線があるのだけれど、それをみるとレファレンス・ポイントを超えてわずかでも損失すると心理的ダメージは非常に大きく、レファレンス・ポイントから大きく離れた状態では変動はそれほど心理的価値に影響してこないらしい。いずれにしても、絶対的な値は人や状態によって必ずしも額面通りではないということだ。

ロンメルなどの事例を読んでも、やはり心理的戦略性というものの重要性を改めて考えさせられる。人がどう思うかまでをしっかり緻密に計算して戦略をデザインしていかなければならない。行動経済学(あるいはニューロ・マーケティング)が最近注目されているのも、こういった「人間」の問題が大きいからではないだろうか。『戦略の不条理』は、合理的なつもりでも不合理なことを平気でしてしまう人間にこそ、その根源があるのではないかと思うのだ。

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