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June 23, 2009

T4

第1作が1984年。それから四半世紀。リアルの日付はとっくの昔に「審判の日」を通り過ぎ、シュワちゃんはCGになり、それでもまだ続けなければならない業のようなものを感じてしまった。T5は2011年公開予定である。(ネタバレ)

T4 キャメロンがT2までにすべきという判断は間違っていなかったと思う。明らかにT3以降は別の物語だ。確かにストーリーや世界観のつながりはあるものの、設定自体は矛盾をはらんできてしまっているし、テーマ性は変質してしまっているし(「未来は変えられる」が重要な主題だった)、スターウォーズのような謎解きもなければ(こうなってしまうと、1,2,3を通じて我々はこの先何が起きるのかを知っている)、シリーズ全体を貫く思想性も失われてしまっているように思う。これは、この構造上の問題だから、仕方ないといえば仕方ないのだが、そのなかでシリーズ性を維持するための苦労が見えすぎてしまっているところが、逆に素直に楽しめない元になっているのかもしれない。

T1、T2の映画的魅力は逃走劇のスリルにある。そして、過度のCPネットワーク依存および核抑止力依存への警鐘がテーマとして据えられることで、この作品は単なるSFアクション映画にとどまらず社会派映画的側面も持っていた。しかし、T3以降、予言が現実化することで、1,2の作品前提が失われてしまうのだ。単なるSFアクション映画になってしまった不幸がそこにある。たとえば『マトリックス』と同列で観れば、これはこれで十分ありなのだが、1,2を前提とすると、とたんに陳腐に見えてきてしまう。本作には、セルフオマージュといえるシーンがいくつか仕込まれている。そんな小細工でもしなければ1,2との連続性を維持できなかったというのは穿った見方だろうか。

テーマは、いつの間にやら「人」と「機械」の話にすり替わっていて、2003年にサイバーダイン社の手によって改造されていた死刑囚マーカスがもう一人の主人公として描かれている。なぜ、話の筋をジョンの苦難一本に絞れなかったんだろうか。シリーズの売り物だった「逃走劇」ももはや使い物にならない。“未来を変えないために”ジョンはカイル救出に動くというところなんかは、あまりにも皮肉的だ。深く考えなければ、SFアクション大作として楽しめるだろう。ただ、背負った業は隠し通すことはできない。

本作はT800が量産化されるちょっと前までを描いており(2018年)、ジョン・コナーが殺されるにはもう少し時間の猶予がある。あと1作か、2作か。制作側はヒットシリーズを簡単には手放さないだろうから、刻んでくることも十分考えられる。それはそれで、げんなりだな。

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