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June 01, 2009

消されたヘッドライン

原題は『State of play』。“Play”はこの場合“演技”と訳すべきか、それとも“再生”と訳すべきか、いずれにしても物語の核になる部分を暗喩している。邦題はちょっとセンスが不足している。
物語は、あるスキャンダルをきっかけに友情と仕事の狭間で葛藤する新聞記者を描いている。ポリティカル・サスペンスと紹介されているが、サスペンスは状況を作り出す方便でしかなく、見所はカル(ラッセル・クロウ)とスティーヴン(ベン・アフレック)の2人の男の人間ドラマにある。(ネタバレ)

State_of_play この映画を観終わったときの消化不良感は、何と言っても最後のどんでん返しの不発にある。おさらい的に書いておくと、作中4人殺されているが、実行犯は1人だ。犯人はストーリーの流れからポイントコープ社の雇った殺し屋と推察される。しかし、その殺し屋は実はポイントコープ社から送り込まれたスパイを監視するためにスティーヴンが雇っていた元軍人だということが判明する。その元軍人が暴走気味に連鎖的に殺人を犯したのだった。「殺人犯はポイントコープの手下」という観る側の思い込みを外すことでどんでん返しが起きるわけだが、スティーヴンには悪気がなく、ある意味彼も被害者だったという終わり方が「返し」にならなかった原因だろうと思う。スティーヴンは最終的に“可哀相な人”になってしまう。このストーリーからは“悪をやっつける”というカタルシスが得られないのだ。

もう一つ、この作品は現代ジャーナリズムに対する批判としてみることができる。会社の利益を優先し同調不和を決め込む女編集長が象徴的な存在。カルは新米のデラに記事は脚で稼ぐものという基礎を叩き込む。真実を探るためには違法行為も厭わない。当然脚色はされているが、ここにはメディアの裏側で行われているであろう事が描かれている。アメリカにおいても新聞社は今苦境に立たされている。消費者が求めるニュースや評論とは何なのか。ジャーナリズムとは、マスメディアとは、真実とはなにか。情報を扱う人間であればちょっと考えさせられる内容にもなっている。

ストーリー的にはスッキリしないが、役者の演技はしっかりしている。ラッセル・クロウは記者バカを好演。友人を仕事のネタと割り切るのか、それとも危機にある彼を守るのか、心理的葛藤がこちらにもよく伝わってくる。カルとチームを組むデラ・フライ役のレイチェル・マクアダムスもなかなかにチャーミング。若い頃のサリー・フィールドを思い起こさせる。

いずれにしても、この作品は人間ドラマとして捉えるべきだ。BBCの人気ドラマを映画化したということで、TVシリーズモノを2時間尺に収めるやり方の限界が最後の最後になって出てしまったような気がする(アメリカに舞台を移すために設定をいじくったらしく、その辺も微妙に影響していたのかも)。ただ、シナリオの不備を役者陣が頑張ってリカバーしていたんで結構満足度は高い作品だった。

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