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February 19, 2009

チェ 39歳 別れの手紙

チェ・ゲバラの後編である。気づいたらいつの間にか最初の封切館のほとんどが今週で終わりになっていて、焦りながらバタバタと観て来た。なぜかパート1を見たときと同じ水曜日(レディースデー)で、館内は女性客が一杯。この映画、女性の目からは何が見えるんだろうか。

Che_39キューバ革命成立後、チェは政府に参加せず革命家としての道を選ぶ。新たな革命の舞台である南米ボリビアに潜入するところから(あまりに変装が見事で最初誰だかわからなかった)、部下の失策により計画が政府に露見し、最終的に捕縛され処刑されるまでの約1年の軌跡がパート1同様ドキュメンタリータッチで淡々と描かれている。

革命成功という晴れやかなパート1とはまったく対照的なパート2だが、チェという革命家の本質は、むしろ本作の方から強く感じることができた。パート1よりも演出部分が多いように思うが、送り手側の解釈も含めて見るべきところは多い。

チェ本人があれほどの性善説を取っていたのかどうかは知る良しも無いが、少なくとも彼は、「人を信じる」という彼自身の信条によって滅んだことは間違いない。苦しめられている民衆は誰しも解放されたがっているという妄執が彼の思想・行動の基盤を形成するものであり、キューバではその信念に民衆もシンクロしていったからこそ力を得ることが出来た。しかし、ボリビアでは、彼らはエトランジェ(外人部隊)であり、大統領の言を借りれば“キューバからの侵攻者”なのだ。さらに、ボリビアの共産党は非戦を決め込む。ボリビアの民衆が眠り続けることを自ら望んだということでもある(「民」という字は「眼」を潰された状態を示しているといわれる。まさしくそういう状況があったのだろう)。炭鉱ストは鎮圧され、大統領は政府に抗することが無駄であることを強く民衆に印象付けることに成功する。民衆の力を増幅する装置であったはずのゲリラは、その力の根源を失い、キューバからやってきたただの危険な叛乱分子に成り下がる。キューバ革命から学びゲリラへの対抗策を万全にした政府(軍)の存在は彼らにとっても不幸だったが(キューバでは政府軍が自壊していった感がある)、民衆からの支持が得られなかった時点でチェの敗北は決定的なものとなった。持病の喘息が悪化し、真っ青な顔でジャングルを彷徨うチェはまさに亡霊のようだった。

人は信じるだけでは救われないし救うこともできない。これは皮肉でもなんでもなく、この作品で(あるいはチェの人生から)得られるリアリスティックな教訓だ。実際、キューバ革命の成功方程式をボリビアに持ち込み失敗する姿は、日露戦争の危うい勝利から太平洋戦争の大敗にいたる日本軍にあまりにも似ている。硬直化した信念が、状況変化への対応を拒絶させる。チェの考え方や行動からは、とても旧世代の日本人的な資質を感じてしまう。それは義に殉ずる武士道にも通じている。ただ、作品からはその最期までもあくまで淡々とシニカルに、リアリスティックに描こうとするあまり(「最期の時」の描写になぞらえて)、チェの大儀は昇華することなく、まさに地に落ちてしまったかのような印象しか残らなかったことが残念といえば残念だ。それが世紀のカリスマ革命家チェの真実だったのかは分からない。所詮これは映画なのだから。ただ、捕らえられ処刑される最後のシーケンスからは、彼の無情感だけがじわじわと伝わってくるのだった。

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