« 2008型FC東京を戦術から理解する | Main | ゴーゴーカレー@新宿東口中央店 »

May 30, 2008

若者はなぜ「決められない」か

Wakamono 若者はなぜ「決められない」か/長山靖生

ちくま新書 ISBN4-480-06129-0

この本が発刊されたのが2003年9月。バブル崩壊から2003年ごろにかけてフリーターと呼ばれる若者層が急増した事実を即座に捉えて上梓されたものだろうが、それから5年たった今もなお問題は解決されていないし、若者の気質も輪をかけて保守的になってきている感がある。

当時のフリーター増加は、企業が新卒採用数を絞り、リストラを推進したことと関係している(25歳~34歳が大きく増加)。しかし、一方で、若者の就業観もずいぶん変化してきている。好きなこと、自分らしいことを仕事にしたいという希望が強く、それに合致しないがために就職をあきらめる、あるいはせっかく企業に採用されても3年で辞めてしまう。本当に好きなことで飯が食えているのはほんの一握りで、たいていはどこかで妥協しながら収入を得る手段として働いているのが現実だ。たとえ好きなことを仕事にできたとしても、それで食っていけるという保証はどこにもない。芸術家などは、その価値が認められるのはたいてい死んでからだ。それでも、自分は好きなことだけして生きていたいという気概があるかどうか。少なくとも、親元でぬくぬくパラサイトをやっているやつにはそんな覚悟はないだろう。また、生きている間にそんな仕事につけたとしても、自分のやりたいことがすなわちユーザーに受け入れられるものでもない。「売れる」ためには、ユーザーの「ニーズ」に合わせていかなければならない。その時点で、自分のやりたいことから逸脱していく。「プロ」とはそういうものだ。「売れなければいけない」「ファンの期待にこたえなければ」というプレッシャーに押しつぶされて壊れていったアーティストや漫画家も多い。その意味で、「自分らしい仕事」などないのだ。自分が興味が持てるか否かは持続性の問題だし、向き不向きがあるぐらいで、「自分らしさ」はその仕事のやり方の中で発揮すればいい。著者のように、好きなものは好きなものとして一生付き合えるようなところにおいておいた方が賢い生き方だと思う。
フリーターの唯一の価値は若さであるという。だから、年寄りのフリーターは労働市場において極端に価値が下がる。この事実は周知徹底すべきだ。好きなときに好きなだけ働けるメリットはあるものの、その仕事内容は誰にでもできるものが多く、企業において重要な仕事は任されることがない。したがって、高度な知識やスキル、経験を得ることなく年をとっていくと、最終的には「若さのない単純労働力」に行き着いてしまう。そんな人材を企業は採用するはずもない。いきおい、若者以下の単価で単純労働する以外なくなってしまう。彼らはそんな将来リスクをちゃんと理解しているのだろうか。親だっていつかは死ぬ。いつまでもパラサイトはやっていけないのだ。
もうひとつ印象的だったのは、自分たちのために身を粉にして働く父親に対して尊敬しつつも、自分はああはなれない(あるいは、ああはなりたくない)と思う若者の心理だ。責任を回避する、という性向は今日的若者によく見られる。彼らは自分らしさを求めながら他者依存する矛盾を抱えている。また、親がそれを容認し、もしかしたら助長している節もあるのだ。
物欲も出世欲もなく、日々平穏無事に暮らすことが幸せと感じる若者が増えている。こんな世代がこれからの日本を担っていくというならば、右肩上がりの成長など望むべくもない。この先二極化(格差)はもっと酷くなるだろう。

|

« 2008型FC東京を戦術から理解する | Main | ゴーゴーカレー@新宿東口中央店 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/77466/41337160

Listed below are links to weblogs that reference 若者はなぜ「決められない」か:

« 2008型FC東京を戦術から理解する | Main | ゴーゴーカレー@新宿東口中央店 »