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May 20, 2007

スパイダーマン3

おすぎだったかピーコだったかどっちでもいいのだけれど、映画紹介で「この作品は頭を空っぽにして観てください」といったようなことを話していたので、余程おバカ(突っ込みどころ満載)な映画なのかなと思ったのだが、確かにコミック的な部分はたくさんあるんだけれど、それは当たり前の話で、それより実際は…(このさきネタバレ注意)

325627view001 結構道徳的な話満載の説教くさい映画だった。勧善懲悪の構図をずらした性善説に満ち溢れた内容に、どこかしら胡散臭さを感じてしまうのは歳だからだろうか。
簡単に言ってしまえば、ピーター、ハリー、MJという仲良し3人組の青春期の終わりを告げる、ちょっと切ない青春ストーリー完結篇といったところか。

スパイダーマンや怪人の存在は、青春期によくあるトラブルや境遇のデフォルメ、暗喩に過ぎない。誤解、すれ違い、慢心、嫉妬、憎しみ、若さゆえに巻き起こる日常的な感情の嵐に揺り動かされる主人公たちは、まさに今の若者たちを投影している。父の死の真相を知り、ピーターを許すハリー。伯父の死の真相を知り、マルコを許すピーター。人や社会の深淵に触れる事で、成長していく主人公たち。様々な感情を乗り越え、互いに許し認めることの大事さを制作側は訴えたかったのだろう。これだけストレートだと潔くて見事としか言いようがない。ただ、ハリーの犠牲によってピーターが生き残るこの不条理さはヒーロー物のセオリーといえばセオリーなのだが、人間的にピーターがあまりにも弱すぎて、見終わったあと「情けない」という感情が残ってしまう。勧善懲悪、ぶん殴ってすっきり、とはいかないのだ。この等身大感がこの作品のヒットの秘密だとするなら、何とも甘えた世の中だなぁと思ってしまう。まだ、ハリーの方が共感できる。
ところで、ブラック・スパイダーの元凶である宇宙生命体を撃退したのは「金属音」だったが、これは精神が健全な状態=soundのメタファーなのではないかと思った。負の感情に打ち勝つ強い健全な精神こそ、人を人として正しい道を進ませるということなのだろう。エンタメ映画に、こんな当たり前の教育的なメッセージをこめなければならないほどアメリカは病んでいるのかねぇ。いや、コミックベースだからこそ恥ずかしげもなくできることもある、ということなのだな。

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