« 若者はなぜ3年で辞めるのか | Main | 蹴り納め »

December 16, 2006

暗闇のスキャナー

Im000031 暗闇のスキャナー/フィリップ・K・ディック 飯田隆昭訳

サンリオSF文庫

※創元SF文庫より復刊

フォクナーとフィリップ・K・ディックの小説は神経がある種のくたびれかたをしているときに読むと、とても上手く理解できる。僕はそういう時期がくるとかならずどちらかの小説を読むことにしている。
「ダンス・ダンス・ダンス」/村上春樹

この村上春樹のディック評ほどディック作品の本質を衝いた物はない。特に、後期の作品ほど神経のくたびれを要求してくる。健全な状態ではなかなか読む気が起きないのだ。

この1~2年でディックの作品群を読み返してきたのだが、この「暗闇のスキャナー」を前にして、ハタと止まってしまっていた。ところが、とうとう読む気が唐突に起き上がって一気に読み終えてしまった。おそらく、「その種の神経のくたびれ」た状態になったのだろう。読み終わって改めて思ったのは、この作品は“理解”しようとしては駄目だということ。この中で描かれている景色、人間、起こっている事を感じることこそディックの主題に近づく唯一の手段なのだ。

1969年から71年にかけて、ディック自身がどん底の状態にあった。その頃の実体験がベースとなっている。あとがきに当時の彼の友達の末路がリストとして並んでいる。ディックは、彼らは遊んでいただけなのだと、ただ、遊び方を間違ってしまったことが彼らを破滅へと導いてしまったのだと。薬物がいけないというのは簡単だ。そこに実際入ってしまった人間達に救いはなかったのだろうか。ディックは生き残り、彼らは人生を閉じてしまった。ディックは彼らを助けたいと思っていたに違いない。

作品は、警察当局のスケープゴートとなったボブ・“フレッド”・アークターが、物質Dとよばれる「有機物」によって破滅していく様を淡々と描いている。作中の薬物中毒者の会話は意味がなく、たわいもない。その会話の意味のなさに虚無が充満している。会話だけでなく、その存在自体に意味はあるのかと思わせる。薬によってむき出しにされる人間の本質こそが恐怖すべき対象であり、薬はきっかけに過ぎない。加速度的に落ちていく人生にはリアリティーが込められている。感情移入しすぎると生理的嫌悪がこの作品を読み進めることを躊躇させるのだろう。読み切るにはこの辺の感覚が鈍っていた方が(つまり“くたびれていた方が”)いいのかもしれない。

しかし、この作品は単なるドラッグ小説で終わっていない。精神の死滅という重いテーマとエンターテイメントとをしっかり両立させている。なぜフレッドがボブ・アークター、自分自身を監視しなければならなかったのか、バリス、ドナの正体、そして、捜査の真の狙いが最後に明かされる。ディック作品の中でも最高傑作に上げる人が多いのも、その完成度の高さ故ということだろう。

付記:キアヌ・リーブス主演で映画化されたのだが、知らない間に日本公開されてたよ。観にいかにゃ。「ロトスコープ」という実写をアニメのように塗りつぶす手法でドラッグのぐにゃぐにゃ感を表現しているらしいのだが、どんなことになっているやら。紹介文を見ると原作とはかけ離れてるかも。まぁ、そんなことは織り込み済みの覚悟の上だからね。

|

« 若者はなぜ3年で辞めるのか | Main | 蹴り納め »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/77466/13092257

Listed below are links to weblogs that reference 暗闇のスキャナー:

« 若者はなぜ3年で辞めるのか | Main | 蹴り納め »