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September 21, 2006

反省しない日本人

31347039_1 『日本はなぜ敗れるのか 敗因21カ条』山本七平 角川書店(4-04-704157-2)

 読了。

社長が、組織内のコミュニケーションを良くするにはこういった本をマネージャーに読ませればいい、というものだから、とりあえず読ませる前に自分で読んでみる。

本書は、ブタノール精製技術者として徴用された小松真一氏が残した「虜人日記」の中の敗因21カ条をもとに、山本氏が自身の戦時経験と照らし合わせながら、なぜ日本が太平洋戦争に敗れたかを分析している。

結論としては、組織内に自由な意見を出し合う風土というか雰囲気がなければ、みな上っ面だけのコミュニケーションで終わってしまい、組織は正しい方向に活性化していかないというもの。当たり前といえば当たり前。その自由を奪う何物かについての言及はあまりされていなかったが、確かに言いたいけれど言えない雰囲気の会議は会社の中に散見されるし、その原因には思い当たる節がある。ただ、それをどうやって取り払えるかまでの言及もされておらず、これを読んだだけではなかなか難しそうだと思った。

この本は、題名が過去形になっていないところが肝である。日本の敗因は今現在においても有効だという事を言っている。マーケティングの発想が日本にも定着してきて、いくつかの「敗因」は解決されつつあるように思えるが(とはいえ、バブル崩壊は起きた)、一方で、日本民族固有の特質においていかんともしがたい「敗因」もいまだ存在していることに改めて気づかされる。「反省なきこと」や無責任な報道の話に触れるにつけ、先のワールドカップを思い出してしまう。世の中や身の回りに思い当たるものがたくさんあって空恐ろしい。過去の分析や反省をまともにしない(できない?)日本人は、いつまでたっても同じ過ちを繰り返すのだなと。
筆者は「自由であること」に脱出口を求めたが、オイラは日本人の責任意識に問題があると感じた。終戦時、天皇が終わりにするといったから戦いを終わりにする、と言った将校のエピソードは典型。アメリカ的個人自由主義は自己責任を前提としている。しかし、日本の場合、たとえば『五人組』のようなコミュニティをベースとした集団責任主義が発達したため、個人の責任意識というものが組織に希釈されてしまっている。それは現代にも脈々と息づいていて、「連帯責任」や「赤信号、みんなで渡れば怖くない」も同様の意識構造。組織に依存することで、自己の責任意識はどこかへいってしまう。さらに問題なのは、往々にしてそれらの組織を統括している人物が責任を取らないことだろう。本書でも人間力のない軍人が部隊を統括し、その権威がなくなった瞬間部隊が崩壊する話が出てくるが、これも現代日本社会でありがちな話だ。個人主義的価値意識が蔓延してきた今日においても、本来セットで語られるべき個人の責任はどこかで置き去りにされている感じがするのは、この日本固有の無責任性に起因しているのではないだろうか。
反省がないから責任の所在もハッキリせず(逆かな)、また同じ過ちを繰り返す。実に耳の痛い話である。組織コミュニケーションの話も実は自己責任から発生しているのではないかと思う。組織の力を使って自己実現していくことが理想なのに、組織に埋もれることで自己保身をする。コミュニケーション以前に、やる気だったり、創造意欲みたいなものをどう引き上げるかの方が先決なのではないかとも思うのだった。

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