« へルタースケルター | Main | GUNSMITH CATS Revised Edition »

October 24, 2005

ドミノ

dominoこの映画は、ロスで実在した女バウンティハンター、ドミノ・ハーベイの事実をベースとして いる。しかし、劇中でてくる“リアリティ番組”じゃないが、この映画こそ“リアリティ映画”かもしれない(そもそも、冒頭の“sort of”が曲者だ)。(ややネタバレ)

まず、ストーリーが出来すぎている。あーゆーハッピーエンドは逆に白けさせる。確かにドミノ自身は実在する(映画の完成を待たずして、今年6月に35歳の若さで死んだらしいが、死に場所がバスルームで死因が不明ってところがまた関心をそそられる)。映画の最後にも本人がちらっと顔を出す。実在の彼女が、どんなハードな賞金稼ぎの日々を送っていたかは知る由もないが、映画の中に描かれている“彼女”はそれほど魅力的には見えなかった。どこまでが彼女の真実なのだろう。金持ちの家に生まれたはねっ返りのじゃじゃ馬がアウトローの世界に踏み込んだこと自体ニュースであり、その時点で作為的なものを感じるし、本当にあのラストが事実であれば、それこそお嬢ちゃんの火遊びってことになる。

しかし一方で、“映画の中のドミノの人生”がたとえ作られたものだとしても、この映画は、人は何のために生きるのかを改めて考えさせてくれる。たった一度の人生、一か八かで生きていくそのスリルに魅入られた人たちを通じて、日ごろ忘れている“太く生きる”ことの楽しさを思い起こさせてくれる。表が出れば「生」、裏が出れば「死」。コインを投げて出た眼で進んでいくギャンブルのような人生。裏が出ればそこまで。ドミノの人生は極端だけど、誰しも波乱万丈の人生にどこかで憧れているものだ。今の俺はなんてちんけな人生なんだ、ってね。だから、この映画が彼女史に忠実であるかどうかなんて実は関係ないのだ。

その意味で、ドミノ以上にエドやチョコ、ラティーシァといった脇役の方がよっぽど癖があって興味深かった。太く生きている。それにしても、ミッキー・ロークは意外といい役者に化けてきたなと思う。本人は「本業はボクサーだ」と言っていたような何かのインタビューを聞いた覚えがあるが、そのタフネスさと馬鹿さ加減が、たとえばエドみたいな役にピタリはまる、たとえばシン・シティのマーヴだったりする。

ルーシー・リューも完全にはまってたね、怖いぐらいに。キャスティングという面ではキーラ・ナイトレイはどうなんだろう。実在の人物がモデルってのは、役作りとしては逆に難しいと思うのだが。不良娘の感じは良く出ていたが、それ以上のオーラは出ていなかったように思う。

トニー・スコット監督については多くの知識を持たない。多地点多時点描写でストーリーを進める手法はありがちだが、「メメント」ほど複雑ではなかった。それよりも、フラッシュバックやオーバーラップを多用する映像手法に酔っ払いそうな感じ。絶え間なく流れる今のロス的な音楽とともに、ジャンク感漂う街の雰囲気は十分伝わってくる。そこでうごめく人たちは、とにかく人種がゴチャゴチャになっていて、材料そのものも認識できないほどドロドロになったシチューのよう。28でおばあちゃんてのもすごいが、“教育の問題”という指摘は慧眼である(“ジャパニック”は、本当は笑うところじゃないのかなぁ)。“いま”の切り取り方、表現の仕方は斬新で生々しかった。

いろいろな見方が出来る映画だ。売りは「実在の女賞金稼ぎ」(そもそも現代に賞金稼ぎという職業があること自体興味を引かれる)だが、映画としての楽しみというか醍醐味はもっと違うところにあった。すごく面白いとか感動したとかはないけれど、なんとなく引っ掛かりがある映画だと思う。その人ナリに解釈できれば元は十分取れる。

|

« へルタースケルター | Main | GUNSMITH CATS Revised Edition »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/77466/6548467

Listed below are links to weblogs that reference ドミノ:

« へルタースケルター | Main | GUNSMITH CATS Revised Edition »