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July 13, 2005

チームブランドにおけるサポーターの価値(つづき)

さてさてさて。

クラブ側は自らの価値と利益を保全すべく、ユーザーをコントロールしようとする。クラブの思想に賛同し、その価値を共有しようとする人たち、これを本来はサポーターと呼ぶのだろう。すべてが理性的でクラブの利益を第一義に考えてくれる集団であれば理想的である。しかし、ユーザーはクラブの理想にコストを払っている人よりも、興行に対して支払っている人のほうが圧倒的に多い。クラブの思想性と興行は必ずしもリンクしない。コアなサポーターであってもゲームに求めるものはまた別の意味で厳しいものがある。まぁ、クラブによって統制された観客席と言うのも宗教がかっていて気味のいいものではないが、クラブやチームに対してユーザーが求めるものは多様化していかざるを得ない。

ただ、クラブに対して影響力を行使するのは興行を求める人たちではない。彼らは求めるものがないと知れば自ずとやめていく人間達だ。問題なのは、興行以上に、それ以外のものを期待する連中なのだろう。たとえば、今回のように“お祭り”を期待する人間や“自己主張”したい人間、“ストレスのはけ口にしたい”人間達。プロサッカーと言うエンタメと同様、いやもしかしたらそれ以上に、スタジアムやスタジアムの外に展開されるサポーターの行動そのものに魅力を感じてしまっている連中がいるのではないかと思うのだ。ここまで起きてきた“事件”のすべてはチームやクラブに対して明らかに損害をもたらしている。クラブやチームのことを本当に考えている人間であればまずやらないはずだ。それが、深い思慮もなく彼らの中で正当化されてしまっているところにも問題があると思う。

こういった問題が出てくるチームはJの中でも数えるほどだ。問題児体質を持った個人を引き寄せてしまう要素がクラブに存在していると言うことなのではないだろうか。その気質はどこで育てられるのか。もしかしたら、地域の民度とも関連しているのかもしれない。

いずれにしても、クラブにしてみればサポーターを変える事は難しい。また、期待すべきでもない。その元となるクラブが変わらなければ駄目だと言うことだ。そして、ここまで膨張した多様なユーザーを制御するには、今までのやり方では駄目と言うことでもある。そのためのアプローチはいくつかあるとは思うが、すべてクラブのブランドに関わる話なので、よくよく考えて実行に移さなければ逆効果にもなりかねない。それだけ、サポーターはクラブにとって諸刃の刃になりつつある。

うーん、勢いで書いたからよくわからなくなってきたな。

もう眠いので寝ます。

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